鳥取地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1962年12月14日
原告 山田つた 外一名
被告 鳥取市農業委員会
主文
被告が昭和三五年五月一八日別紙第一目録記載の農地につき為した原告両名間の賃借権設定不許可の処分はこれを取消す。
原告等のその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その四を原告等の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三五年五月一八日別紙第一、第二目録記載物件につきなした原告両名間の賃借権設定不許可の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
原告山田つた(以下つたと略称する)は別紙第一、第二目録記載農地の所有者であり、昭和三五年二月二九日原告山田進子(以下進子と略称する)と連署を以つて右原告両名間の賃借権設定の許可を申請したところ、被告は同年五月一八日不許可処分をなしたが、右処分は違法であるからその取消を求めるため本訴に及んだ、とのべ被告の抗弁に対し、
第二目録農地が被告主張どおりの売渡農地であることは認めるがその余は否認する。即ち、農地法第三条第二項六号は直接売渡を受けた自作農に対する属人的制限規定であり、本件の如く売渡を受けた自作農である訴外山田虎蔵から昭和三四年一二月五日任意競売手続における競落によりその所有権を取得した原告つたが賃借権を設定する場合には適用なく、農地法第三条第一項本文により同法第一条の目的に反しない限りは許可さるべきところ、原告進子は原告つたの息子の嫁としてつたの耕作を補助して来たが、つたが宿痾の胆石病が悪化し昭和三四年一二月頃より耕作不能に陥つたので、同人に代り農業生産を維持増強するため本件各農地につき賃借権の設定を受けたものであつて、農地法第一条の目的に適合こそすれ何ら違反するものでないから、本件賃借権の設定は当然許可さるべきである。
とのべ、再抗弁として、
仮に然らずとするも、第二目録記載農地については前述のとおりの事情で原告つたが耕作不能になり代つて耕作すべき世帯員がなかつたので住居及び生計を異にしていた原告進子に右疾病療養中一時貸し付けをしようとしたものであつて、農地法第三条第二項第六号括弧内の規定により被告主張の禁止規定が適用されないから一時貸付として許可さるべきものである。
とのべ、被告の再々抗弁に対し、
本件許可申請より先昭和三五年一月一五日(原告つたの別居の日)より以前において原告等が同一世帯員であつたこと、及び原告進子が原告つたの右日時の別居以前より引続いて本件農地全部を耕作していることは認めるが、その余は否認する、本件審理の当初被告の主張に対し、「本件許可申請当時原告等が同一世帯員であつたことは認める」と述べたが、右陳述は真実に反し、且つ錯誤に基くものであるから撤回し右のように訂正する、
とのべた。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は、「原告等の請求をいづれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
請求原因中本件処分が違法であるとする点を除きその余の事実は認める。
とのべ、抗弁として、
本件農地の内第二目録記載のものは旧自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号)第一六条第一項により国から売渡された農地であるから農地法第三条第二項第六号本文により賃借権設定の許可が禁じられている(もつとも国から前記農地の売渡を受けたのは訴外山田虎蔵であり、原告つたは昭和三四年一二月五日同訴外人から任意競売によりその所有権を取得したものではあるが、農地法第三条第二項第六号は属地的に適用されるものであるからこの場合においても賃借権設定の許可は禁止される。)然らずとするも、原告等は本件許可申請当時より引き続き農地法第二条第六項にいう同一世帯員である(この点の被告の自白の撤回に異議がある)ところ、同法第二条第四、第五項は同一世帯員間には賃借権設定を許さない趣旨であるから、第一、第二目録記載農地共賃借権設定は許可さるべきでない。以上の理由により本件不許可処分はいづれも適法である。
とのべ、原告の再抗弁に対し、
原告つたが本件不許可処分当時病気療養中であつたこと及び原告等の親族関係は認めるがその余は否認する。即ち、原告つたは病状よりみて将来もはや耕作に従事しえない状態にあり一時貸付に当らない。
とのべ、再々抗弁として、
原告等が本件不許可処分当時仮に住居生計を異にしていたとするも、右住居生計を異にするのは原告つたの疾病による転地療養のための一時的なものにすぎないから、農地法第二条第六項第一号により同一世帯員であることに変りなく、その一員である原告進子において従前どおり本件農地全部の耕作を続けている以上本件賃貸は同法第三条第二項第六号括弧内の規定の要件を満さない。よつて一時貸付としても許可さるべきでないから原告の主張は失当である。なお、被告の自白の撤回には異議がある。
とのべた。
(証拠省略)
理由
一、被告が原告等の昭和三五年二月二九日付の別紙第一、第二目録記載物件についての賃借権設定許可申請に対し、昭和三五年五月一八日付を以て不許可の処分をしたことは成立に争ない甲第二号証により明らかである。そして本件第一、第二物件がいづれも農地であり、第二物件が旧自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号、以下自創法と略称する)第一六条第一項により訴外山田虎蔵に国から売り渡された農地であること及び昭和三四年一二月五日同訴外人から任意競売により原告つたがその所有権を取得したことについては争がないところ、右のように自創法第一六条第一項により国から売り渡された農地について権利移動を制限している農地法第三条第二項第六号が当該農地に属地的に適用されるのか売渡を受けた自作農に属人的に適用されるのかにつき争があるので考える。
農地法第三条第二項第六号は賃借権設定を許可すべからざる場合として「自創法第一六条第一項………により国から売り渡された農地」とのみ規定し、その所有者について格別の定めをしていないから、文理上その所有者が直接売渡を受けた者であるか将又その承継人であるかを問わず、売渡農地にはすべて第二項の禁止規定が適用になると解するのが自然であると共に、同法第一五条、第三六条によれば、売渡農地の所有者及びその世帯員以外の者が許可を得ることなく当該農地を耕作の事業に供したときは、国は強制的にこれを買収することとし(農地法第一五条は自創法第二八条に対応する規定であつて、その「所有者」とは国から直接売渡を受けた者に限らず、その者から土地の所有権を承継した者を含むと解する)、折角の創設自作地が小作地に逆行することを禁圧し、むしろ国の手によつて直接の耕作者に所有権を得せしめることを期している点は前記の解釈に添うものである。若し原告主張の如く、国より直接売渡を受けた者に対してのみ賃借権設定を禁ずるのが農地法第三条第二項第六号の規定の趣意であるとするならば、実質上右規定を潜脱することを目的として所有権移転が行われる弊害が考え得られなくもないと共に、農地の所有権移転そのものは、極めて数多く生起せざるを得ない現象であるから、右禁止規定の適用を受くべき農地は今後急激に減少して行くものと予測し得られ、自作地の維持拡大、小作地の縮少化を目指している農地法第一五条の規定をも無力化する虞があるものといわなければならない。以上要するに、いわゆる創設農地については、その現在の所有者が国から直接売渡を受けた者であるとその者から所有権を承継した者であるとを問わず、すべて賃借権の設定を禁ずるのが農地法第三条第二項第六号の規定の趣旨であると解するから、この点に関する原告の主張は理由がない。
よつてこの点の原告の主張はとりえず、本件売渡農地である第二目録記載農地については農地法第三条第二項第六号本文により原則として賃借権の設定は許されないものというべきである。
二、そこで、右第三条第二項第六号の適用排除要件即ち同号括弧内の規定の要件に関する原告の再抗弁及び被告の再再抗弁につき考える。先づ原告進子が本件不許可処分当時本件第二目録記載農地を耕作していたこと、同人が原告つたの実子である訴外山田光雄の妻であることについては争なく、原告進子本人の尋問結果によれば本件処分当時原告つたは本件不許可処分の日である昭和三五年五月一八日頃既に鳥取市寺町四七番地の四男訴外山田明雄夫婦方に住居を移して原告進子と住居を異にしていたことが認められ右認定に反する証拠はない。従つて農地法第二条第六項後段に定める事由が原告つたに認められない限りは原告等は同一世帯員でないこととなるところ、成立に争ない乙第二号証の二、同第四号証原告進子本人の尋問結果を綜合すれば、次の事実が認められこれに反する証拠はない。即ち、原告つたは長男死後二男訴外光雄、同人の妻原告進子、四男訴外明雄夫婦と共に鳥取市美和一二九番地の家屋に住み、原告進子等と共に一家の中心財産である本件両目録記載農地の耕作に従事していたが、昭和二〇年頃より毎年数回胆石の発作を起し、同三四年末頃より病状が悪化して医師より耕作をやめて養生するよう指示されていたところ、その頃右訴外光雄の負担していた債務のため原告等の居住していた家屋が強制執行を受けたこともあり、通院の便も考え、昭和三五年一月中療養を第一の目的として鳥取市本町二丁目三七番地三男訴外山田輝雄方に身を移し、ついで、同年四月頃前記の訴外山田明雄夫婦が前同市寺町四七番地に移住したのでそこに変り、通院療養生活を送つて現在に至つているが、その間、原告つたの生活費、医者代等は主に訴外明雄が支弁し、原告進子の方からしばしば野菜、芋類等を運び家計を助けていること、右明雄宅は六畳、四畳各一間の小住宅であること、前記強制執行を受けた家屋はその後原告進子の兄に買戻され、訴外光雄、原告進子が従前どおり居住していること、が夫々認められる。(尚原告の自白の撤回の許否について考えるに、原告の自白は許可申請時における同一住居、生計の点のみで、被告の再々抗弁の要件事実となつているところの処分時における同一住居生計そのものではなく、その間接事実になりうるに過ぎないから、右自白は裁判所を拘束するものでない。)以上の事実に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告つたと同進子が住居及び生計を異にしているのは原告つたの病気療養のためのしかも一時的現象にすぎないと認定することができる。そうだとすると原告両名は生計及び住居を異にするに拘らず、農地法第二条第六項後段及び第一号の適用により依然住居及び生計を一にするものとみなされ同一世帯員であるというべきである。而して農地法第三条第二項第六号末尾の括弧内の規定は、売渡農地の所有者につき死亡又は同法第二条第六項各号に掲げる耕作不能の事由が発生すれば直ちに一時貸付を許す趣旨ではなく同人に世帯員があるときはその世帯員についても同様の事情が発生し、当該世帯によつて耕作することができなくなつたときはじめて一時貸付を許す趣旨であると解すべきところ、前認定の如く原告つたにおいて同法第二条第六項第一号にかかげる疾病の療養による耕作不能が存してもその世帯員である原告進子において従来どおり本件第二目録記載農地を耕作している以上、結局第三条第二項第六号括弧内の規定の要件を充たしておらないものと謂わざるを得ないから、本件賃貸が一時貸付なりや否や等の点につき判断するまでもなく原告の再抗弁は理由がない。
よつて第二目録記載農地について被告の不許可処分は、その余の被告主張につき考えるまでもなくその処分要件が存在し適法の処分ということができる。
三、次に第一目録記載農地の不許可処分の要件の存否につき考える。
この点につき被告は、農地法第二条第四項第五項の趣旨により原告等の如き同一世帯員間の賃借権の設定は許されない旨主張するが、右各条項は、直接には、我国の農村の実際ではその経営の大部分が世帯単位で家族労働によつて行われていて世帯単位で適用するを相当とする法規が多いために設けられた技術的な規定にすぎないこと明かで、更に進んで同一世帯員間賃貸借を禁ずるという法意まで含まれているものとは到底解し難い。思うに賃借権の設定は本来私的自治の範囲内の行為で、唯「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護し、その他土地の農業上の利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図る(農地法第一条)」という国家目的から私的自治に規整が加えられるのにすぎないから、右国家目的に関連のない見地からして農地の権利移動に制限を加えることは許さるべきでないし、その必要もない。従つて農業委員会の許否の処分は自由裁量処分ではなく、農地法第三条第二項各号に該当せず、第一条の目的に反しない限りは許可を拒み得べきものでないと解するを相当とする。同一世帯員間の賃貸借ということはもともと異例に属し、その必要性の少ない場合が多いであろうが、そのこと自体の中に直接前記の国家目的に背馳する契機を発見することは困難であつて、例えば賃借権の設定を受けようとする者に耕作の意思がないとか、その賃貸借によつて農業生産力の低下を来すことが明かであるとかいうような法律に明文のある(農地法第三条第二項第二号第八号参照)事由が認め得られれば格別、そうでないのに同一世帯員間の賃貸借であるというだけの事由で不許可の処分をすることは許されないものといわなければならない。また農業委員会の許可処分は、私法上の法律行為の効力発生要件たるのみで、実体上無効な法律行為を有効にしたり、本来第三者に対抗し得ない法律行為につき対抗力を附与したりするものではないから、右のような私法上の効果を考慮して申請の許否を左右することは許されないものと解するを相当とする。以上の通りで、本件不許可処分に関する被告の主張は採用するに由なく、他に本件不許可処分をするについて適法な要件あることについては何ら主張立証がない。
よつて、右農地の不許可処分はその処分要件がみとめられず、結局要件なくしてなされた違法処分として許されないものというべきである。
四、以上の次第であるから、被告が昭和三五年五月一八日第一、第二目録記載物件につき原告等の間の賃借権設定を許さないとした処分は第一目録記載物件に関する部分に限り違法な処分であるから原告の本訴請求はこの部分につき認容すべく従つて該部分を取消すこととし、第二目録記載物件に関する部分は適法な処分であるからこの部分の取消を求める請求は理由なく棄却することとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山正雄 今中道信 杉本昭一)
(別紙目録省略)